マリノスの試合、テレビ中継がないのでFMできいてみているけれど、サッカーをラジオでって、なかなか難しいものがありますね。子どもの頃、ベッドに転がって江夏の試合をAMラジオできくのは楽しかったのになあ。
ぼやいていたら、突然、ブチッと放送が切れた。落雷で回線が切れたそうな。こういうのも生の醍醐味、なんだろうか。
暫く振りに新しめの曲でもアップしておこうかな、と作業を始めようとして仰天した。OSX用のReal Audioのencoderがないのである。だったら、mp3で上げればいいじゃねえか、という返答があちこちから聞こえてきそうであるけれど、嫌なのだ。
mp3という名まえや仕組みが気に入らねえ、というようなことではなく、アナログのモデムで繋いでも、そこそこストリームしてくれますよ、というものを、インターネットには置きたいのである。高速回線の御時世に何をおっしゃいますか、というように思う人が大多数なんだろうけれど、私の中には、妙なひっかかりがある。
例えば、アイスランドの果ての果てのうらぶれたホテルの部屋でアナログの電話をばらして、ケーブルを無理矢理MacBookに繋ぎ、辛うじてネットにアクセスしているような人を思い浮かべる。寒々とした空の下、非常な孤独感。取り敢えず、きつい酒でも呑まねばやってられんよ、というような。そんな状況でも、どうにかこうにかストリームで聞けるようなものにしたいのであります。コンピュータで聞く以上音質なんざ二の次三の次だし。
もっとも、そんな状況下の人がこのサイトを覗きに来たりするとは思えないという現実もあるけれど。
孰れにせよ、OSX用のencoderを用意していないなんて、Realnetworks社、どういうつもりなんだ。OS9で頑張ってエンコしろということなのか。ううむ。
自主制作映画の音楽、曲は書き終わっているのだけれど、録るに至らぬまま、ずるずる。モチヴェイションが上がらず、このままずるずるずるずる、ずるずるのずるずるになってしまったら、出品の締め切りに間に合いません、何とかしてくれ、うぎゃぁ、などとささやかな騒動にになるのだろうか。
何だかんだ言って、そうなる前に仕上げるんだろうけどさ。
知人が亡くなった。癌が転移した末期の状態であるということは本人から聞き及んでいたのだけれど、つい先日会った際には頗る元気であるように見えたもので、突然の死の訪れは少なからず衝撃的である。酒を断ち、治療にそれなりに専念していたせいか、未だ嘗てないほど健やかに見え、その発言のポジティヴさも未だ嘗てないものだった。その夜、一緒に過ごした数時間、彼が末期癌を抱えていることをすっかり忘れてしまったほど。
その席で、音源素材のCDを作るからつきあえよ、と言われ、私の音楽が役に立つのならば、と快諾。その後の何度かの電話でのやり取りでも、強い薬の副作用で熱が出るので落ち着いて打ち合わせできないんだよね、などと口にしながらも、相変わらず前向きな精気を漂わせていたのになあ。そのプロジェクトに向けて頭の中で渦巻き始めていたアイディアが出口を失ってしまった。
ミドリのニュー・アルバム『セカンド』が出た。PVだったり、後藤まりこのソロだったりで、ちらほらと断片を耳にし目にしてきたけれど、届いた全貌は想像をはるかに超えて素晴らしい。良い。本当に良い。あまりに素晴らしいので、100枚ぐらい買って、近所に配って回ろうかと思うほどの出来である。
曲も歌詞も演奏も歌もアレンジも、全てが前作以上であり、ずんずん進化しているのがよくわかる。こんなに良いのに完成品には程遠いところが何とも嬉しい。これは皮肉ではない。まだまだ広がる余地をたくさん残しているってこと。今日よりも明日のミドリの方がもっと良くなるってこと。